(75)藤原基俊(ふじわらのもととし)

2021.02.05

こんにちは、教室長のこうちです。

 

ここ最近、いい天気が続いていますね。

たまに、今日は春かな?と思うような日もありますが、

東北地方などの雪が降りやすい地域では、びっくりするくらいの雪が降っているそうです。

 

同じ日本なのに、こんなにも地域で天候が違うなんて不思議ですね。

 

 

さて、本日の一首は、

(75)藤原基俊

【契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋も去ぬめり】

 

 

この歌だけを詠むとどういうことかわかりませんが、

この歌ができるまでには、親子のやりとりがあるのです。

 

 

作者である藤原基俊の息子の光覚は、

奈良のお坊さんでした。

 

光覚が勤めているお寺では、毎年お経の講座が開かれます。

 

その講座で勤める講師は、そのお寺のお坊さんから選ばれるのですが、

光覚は、一度も選ばれたことがありませんでした。

 

父である藤原基俊は、なんとかして光覚が講師になれるようにしたい!と思い、

講師を決める人々にお願いして回ったのですが、それでも光覚が講師になれることはありませんでした。

 

 

最後の頼みの綱だ!と思い、藤原基俊がお願いに行ったのが、

藤原基俊の父である藤原忠通でした。

 

藤原忠通は、以前太政大臣をしていたこともあり、

まわりからの信頼がとても高かったのです。

 

頼みを受けた藤原忠通は、「よし任せとけ!」と

藤原基俊へ歌を引用した言葉を返しました。

 

その元となったのが、

【なほ頼め しめぢが原の さしも草 われ世の中に あらむ限りは】

私をひたすら頼りなさい。たとえ、あなたがシメジが原のよもぎ草のように思い悩んでも)

 

 

 

しかし、結果はなれませんでした・・・

 

藤原基俊は、悔しくて父藤原忠通に

返歌として恨みを含む歌を送ったのが、この歌なのです。

 

「約束していたました、よもぎ草の露のようなお言葉を

大切に大切に待っておりましたのに、ああ、今年もむなしく秋が過ぎていってしまうようです。」

 

 

人生思うようにはなかなかいなかったようですね。

 

藤原基俊は、歌人としてはなかなかな人だったようですが、

自分の才能を鼻にかける人だったようで、周りからは苦手意識を持たれていたのではないでしょうか?

 

その噂がそのまま光覚の評価となったのではないでしょうか・・・

 

親子の関係は切っても切り離せないですね。

 

 

 

小学生から中学生になる準備

今の学年がそろそろ終わろうとしている2月ですが、

一番環境が変わるのは、小学6年生ではないでしょうか?

 

小学生であれば、遊ぶことがメインであるのに対して

中学生は、勉強がメインになり、遊びの運動ではなく、本格的な大会がある部活があります。

 

生活スタイルも変わるでしょうし、自分自身の精神的な部分も変わってくると思います。

 

小学6年生だと、最高学年として引っ張ってきたのが、

また一番下から始まり、先輩後輩としての立場を学んでいくこととなります。

 

ドキドキワクワクしている気持ちと、不安な気持ちと両方があると思います。

 

塾には、小学生と中学生、高校生はたまた大学生、社会人がごっちゃになる場所です。

自分の未来が少し見えやすくなるかもしれません。

 

勉強面のほかに、そういった意味でも塾に通うことを選択してもらえればと思います。

 

 

 

豊中市/小曽根・高川・豊南・浜地区 地域密着型塾

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